A410 東大生の劣等感

・この記事は、シリーズ4「心の変革の秘訣」の十番目の記事です。

 😥 私の劣等感体験

・「劣等感」は、おそらくほとんどの現代人に共通する「苦しみ」の原因でしょう。
・この記事では、私の劣等感の体験談を紹介します。

・小さいころには、何もできない劣等感や孤独感がありました。
(幼稚園のころには、母が先生に「学年を遅らせた方がよいくらい」と言われて泣いて帰ってきたという話も聞いています。)
・青春期には、「背が低い」という肉体的劣等感がありました。
(それは男性としての劣等感でもあったと思います。)

・「勉強ができない」という頭の劣等感もありました。
(数学のテストで、実力を出して0点をとったことや、漢文のテストで学年で数人しかいない赤点をとったことがあります。)
・仕事を始めれば、「仕事ができない」という劣等感もありました。
(この辺は、自分が価値を感じているものへの劣等感ですから、全人格否定の意味があります。)
・前の記事(A409「恐怖心の克服」)でもお話をしていますが、イギリスに行ったときは、英語のできない劣等感で苦しんでいます。
(毎日が憂鬱で、帰国できる日を指折り計算していたときもありました。)
・一通りの劣等感を味わっています。

 🙁 東大生の劣等感

・「東大に入った人間が劣等感で悩むなのは理解できない。」「東大生に、ほんとうの苦しみはわかるはずがない」という方も多いと思います。

・しかし、東大生の劣等感は、まわりの人が想像するよりはるかに大きいものです。

・ちなみに、私は、東大の研究室に10年間ぐらい在籍をしていましたが、その間に、東大生で、ひきこもり状態になった学生の数は10人近くいたと思います。
(1学年で3~4人ですので、20~30%の確率です。当時はひきこもりという言葉もない時代でした)
・東大の学生も私によく言っていました。
・「先生には、ぼくたちの劣等感の苦しみはわからない」と。
・みんな、自分の劣等感は特別だと思っているのです。
(だから“劣等感”なのですが。)

 😐 なぜ、東大生でも、劣等感で悩むのか

・なぜ、みんながみんな劣等感で苦しんでいるののでしょうか?
・なぜ、それを自分一人の特別なことのように感じるのでしょうか?
・理由は、大きくは二つあります。

・一つは、「人間は、実に、狭い狭い世界を生きている」ということです。
・狭い世界のなかで人との比較で生きて、自分の幸不幸を考えているのです。

・小さいころは、「兄弟と比較」します。
・学校にあがれば「友達と比較」します。
・仕事をはじめれば「同僚と比較」します。
・結婚をすれば「つきあっている人たちと比較」します。

・この原稿を書いている2018年の3月の時点で、日本の国は、「財務省エリートの文書書き換え問題」で大きく揺れています。
・偏差値トップの頭のよい財務省のエリート官僚が、なぜ、そんなおろかな過ちを犯すのでしょうか。
・人間は、狭い世界に生きていると、それがすべてになり、「ほんとうの正しさ」が見えなくなってくるのです。
・財務省のエリート官僚といえども、上司の評価がすべてになってしまうのです。

・続いて、(改訂稿を書いている)5月には、日大のアメフト選手の危険タックルの問題が、日大全体を揺るがす問題に発展しました。
・狭い世界で追い詰められれば、「正義を主張できない」、「犯罪でも犯してしまう」というのが、私達弱い人間の姿なのです。

・二つ目の理由は、悪霊の憑依です。
・悪霊が憑依すると、みんな「自分だけが特別にダメな人間」に思えてくるのです。

 🙁 苦しみの原因

・自分の心をじっくりと見つめてみれば、苦しみのほんとうの原因が見えてみます。
・多くの人の「苦しみ」の原因は、「人の評価」です。
・それも、狭い狭い人間関係のなかでの人の評価です。

・財務省のエリート官僚で言えば、「局長の評価にはさからえない」ということでしょう。
・局長は、「政治家の評価にさからえない」ということでしょう。

・私は、自分でも不思議に思うことがあります。
・私は、車の運転をしますが、運手は下手です。
・それで、車が少ない狭い道を走っているときに、後ろから車が迫ってくると、すごくイヤな感じがします。
・ところが、不思議なことに、自分の前に、もう一台車がいれば安心します。
・つまり、後ろの車の運転手の私への評価を気にしているのです。
・お互いに見ず知らずの間柄で、相手の顔もしっかり見えないし、これからも会うこともないであろう人の評価で、自分の心が揺れるのです。

・人間の心の動きというのは、こんな理不尽なものなのです。

 💡 私の劣等感克服法

・それでは、この不幸から抜け出すにはどうしたらよいのでしょうか。
・本サイトでは、問題を「心の問題」「現実の問題」「認識力の問題」の三つの面から考えることを提唱しています。
・私は、劣等感を、三つの面から考えて克服してきました。

① 「心の問題」

・心の問題は、宗教修行で克服してきました。
・禅定を習慣化して、智慧の習慣化を行いました。
・ただし、この方法で、完全に克服するのには、30年の年月がかかっています。
(途中の段階のお話は、シリーズ9B「東大16年、幸福の科学23年の歴史」で紹介しています。)

② 「現実の問題」

・頭が悪い、仕事ができない問題は、勉強で克服してきました。
・勉強すれば、勉強した分だけできるようになります。
・その実感は、なかなかでてこないのですが、10年、20年続けているとそれなりの成果はでてきます。

・その途中の段階として、「小さな成功体験」は必要だと思います。
・その辺の体験については、シリーズ9「奇跡の体験、真実の世界」でお話をします。

・また、私は、50歳のときに思い立って、30年間天才計画を立てました。
・今、半分くらいまで来たところです。
・その中間報告も、シリーズ9「奇跡の体験、真実の世界」でさせていただきます。

③ 「認識力の問題」

・認識力の問題は、二つの方法で克服してきました。
・心の内的空間を広げる方法です。(⇒A406参考)
・もう一つは、「自分の人生を愛する」という方法です。
・次の記事は、A411「自分の人生を愛する」というテーマでお話をします。

・というわけで、「劣等感の克服は10年単位の年月をかけて行うもの」というのが、私の体験からでた結論です。
・その内容に関しては、シリーズ9B「東大16年、幸福の科学23年、劣等感とプライドの歴史」をご覧ください。
・シリーズ9Bは、「会員ページ」で公開します。
・ガイダンス記事として、
⇒A9B00「東大16年、幸福の科学23年、劣等感とプライドの歴史」
⇒A9B01「私の劣等感の歴史」はご覧いただけます。(8月10日夕方に公開予定)

・シリーズ4(A401~411)の記事は、会員ページで公開予定します。
(本記事はサンプル記事として、一般ページで公開をしています。)
・詳しくは、⇒M007「会員ページのご案内」をご覧ください。

 

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