A9A07 私の至福体験(1999~2010年) - 無限と永遠の世界

・今回の記事は、私の至福体験の紹介です。
・当サイトでは、「霊的な時空間の創造」を目指しています。
至福体験とは、その霊的な時空間を体感した経験です。

 

🙂至福体験の意味

・私が、至福体験を紹介するのは、自慢や「みなさまが知らない世界を紹介すること」が目的ではありません。
・みなさまが、なかなか味わうことができないけれど、確かにみなさまの魂の奥にあるものを紹介するためです。

・何を言いたいかと言うと、私は、みなさまに「至福体験を味わってもらいたい」と思っているのではなく、「至福体験が存在することを信じてもらいたい」と思っているのです。

・なぜかというと、二つの理由があります。

・一つは、信じることによって、あの世の幸福が得られるからです。
・至福体験はあの世で味わうことができる体験です。
・今世、その存在を信じて努力をすれば、来世で味わうことができるようになると思います。

・実際に私の場合も、至福体験は20年近く前のことで、「それが味わえたから今でも幸せ」というふうにはなっていません。
・しかし、至福体験のおかげで自分が目指す方向だけはぶれないでいます
これが信仰心ということだと思います。
・これが私の幸福の源泉になっています。

・もう一つは、「悟りの原点」になるからです。

・至福体験というのは、「悟ったらどんなに幸福か」ということを教えるために、守護霊が味合わせてくれるものだと思います。
・つまり、至福体験は、悟りの結果ではなく、悟りの動機、出発点です。

・ですから、私が、至福体験の紹介をするのは、「悟りのすばらしさ」をお伝えし、みなさまも私と一緒に「悟りへの道」を歩んでいただきたいという思いからです。

😕三つの至福体験

・私の至福体験は全部で三回あります。
・全部幸福の科学の行事のなかで体験したもので、1999年以降のことです。
・つまり、私の場合、至福体験があったから信じるようになったのではなく、「信じることによって、至福体験をすることができた」ということです。

 研修での至福体験

・一つ目の体験は、幸福の科学での研修での体験です。(1999年ころです。)
幸福の科学の研修では、多くの方が、涙を流すような光の体験をします。
・よい研修であれば、七割ぐらいの方が、涙の感動体験をされます。
・光の体験のなかでも、突き抜けたような感じがするのが至福体験です。

・私が至福体験をしたのは、一泊二日の公案研修でした。
・公案研修というのは、主(大川隆法総裁先生)からいただいた公案を考える研修です。
・その時の公案は、伝道に関する公案でした。

・公案は全部で十個あります。一泊二日の研修の一日目に、第一条から第九条までの公案について考えます。
・最後の第十条の公案は、二日目の朝に考えます。
・その最後の第十条の公案をみたとたん、主の愛の光が心に降り注ぎ、そのあと、心の底から愛の思いがあふれ出して止まららなくなりました
(幸福の科学の教えでは、「伝道は愛の行為」であり、第十条は、愛に関する考案でした。)

・その愛の思いは、たとえようもない幸福なものです。
・その幸福感の大きさ、心の底からわき出てくる感じ、あふれ出てやまない感じは、人間の生死を超越している感じでなんとも表現できないものでした。

・「ほんとうの愛の心」に関して、大川隆法総裁先生は、次のように説かれています。

みなさんの胸が熱くならなければ愛とは言わぬ。熱くなるためには情熱がいるのです。この情熱の根源は何であるかと言えば、自己の殻えを打ち破ることによってほとばしり出てくるエネルギーです。「自己の殻」とは、自己限定です。・・(愛は)もっと根源的なるものです。もっと底深くからでてくるものです。もっと力強いものです。もっと深いところから出てくるものです。
『悟りの極致とは何か』)

・私は、このときに、大川隆法総裁先生が説かれる愛の意味を実感しました。
・実感できましたが、生涯に一度だけの記憶でもあります

「至福体験」=「自分の殻を破る」=「ほんとうの愛を知る」
ということです。

・当サイトの「会員ページ」では、「みなさまが『自分の殻』を破る」ためのお手伝いをしたいと考えています。
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映画『太陽の法』での至福体験

・二つ目の至福体験は映画『太陽の法』を観たときでした。
(映画『太陽の法』の公開は2000年です)
・至福体験までいっているかどうかはわかりませんが、おそらく、この映画のある場面を見た多くの幸福の科学の信者さんは、かなり大きな感動を得ていると思います。
・その場面は、仏陀が、弟子を信頼して、救世運動を託された場面です。
・召命はもちろんですが、回心が起きるときには、多くの人びとが、神様のお言葉を受けたり、神様のお姿を見たりしていると思います。

・神様から直接言葉を受け、それが魂にしっかりと届いたとき、人は至福の境地にいたるのだと思います。

・それは何とも表現しようもない境地です。
・この地上のものがすべて光って見えます。
・その光を見ていると、とんでもない幸福感にひたることができます。
・霊的な人は、瞑想しているときなどに、仏の光を見てなんともいえない幸福感を感じることができます。
・至福体験のときは、すべてのものに仏の光を感じるようになるのです。
・それも、かなり長い期間。

 幸福の科学での儀式での至福体験

・三つ目は、幸福の科学の儀式のときの体験です。(2010年ころの体験です。)
・このとき感じたのは、無限の透明な世界です
・これも、この世的に説明することが難しい、想像を超えた感覚です。

・おそらく、一つ目の研修で感じた「愛の心」は、キリスト教的な光だと思います。
・二つ目の映画で感じた「仏の光」は、仏教的な光だと思います。
・三つ目の儀式で感じた「透明な光」は、幸福の科学的には、ヘルメス的な光を解釈できます。

・主は、かつての御法話で次のように説かれたことがあります。

今、みなさんが忘れ去っているものとして、いったい何があるでしょうか。まず、言っておきたいことは心の透明感です。・・・あなたの心というものを、今、一つの海として見たときに、どこまでの透明感があるか。自分自身の内を眺めていったときに、それは、どこまで透き通っているか。

・私たちの心は、本来透明で光り輝く心なのであると思います。
・しかし、ふだん、「この透明な心の喜びを感じていない」ということは、心がそれだけ汚れていることの証であると考えられます。

心の殻を破ることと透明感の関係

・仏教的には「反省」によって心を殻を破ります。
(つまり現実から入ります。)
・ヘルメス的には、自分の本来の姿と思い出して、そこに向かいます。
(つまり、理想から入ります。)

・幸福の科学では、仏教的な教えとヘルメス的な教えが両方説かれています。
・これが、幸福の科学の強みであるとともに、弟子の混乱のもとにもなっています。
(たとえば、過去世で学んだことが捨てられなくて、新しい教えが入らないのです。)
・これが守護霊と「一次元上の存在の指導霊」とのズレを生みます。
参考 ⇒B150918「過去世と今世の違い - 宏洋さんの件で思うこと」

・イノベーション後の「会員ページ」では、主の魂の御兄弟の教えを整理し、実践的に使える方法を紹介する予定です。

 

<参考書籍>

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(10月9日記)

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